国道14号に来ると東日本大震災の時のことを思い出す

国道14号に来ると東日本大震災の時のことを思い出す

東日本大震災から10年たった

東日本大震災から10年たちました。


この時に被災した方は本当に大変な思いをされたことと思います。

私は震災直後から10年弱、日本から離れて過ごしていました。

10年間の日本がごっそり抜けているので、色んな場所に行く度に震災の時の記憶がよみがえります。

国道14号

ここもあの時の思い出がよみがえる場所のひとつです。

帰宅困難になった

2011年3月11日。

この日は昭和大学豊洲病院(古い建物だった頃)に、大腸ポリープ切除後の結果を聞きに行っていました。

病院をでて豊洲駅の交番前を歩いている時に強い揺れを感じて、その場に座り込んでしまいました。

この時私は3歳と0歳の娘と私の父親との4人でいました。

夫は既に香港に住んでいて携帯の電池も切れてしまって、連絡ができずにいました。

最初はららぽーとに避難して緊急用のブランケットを支給されて、その後タワーマンションのロビーに避難。

日付が変わった頃に、父がようやくタクシーを捕まえてくれました。

4時間かかった

タクシーはナビも無くて、

助手席に座る父は車に乗らないので道にも疎い。

この頃はGoogleマップも無い。

私は2人の娘が気持ちよさそうに寝ている後部座席で、国道14号を千葉方面に進むよう運転手に指示。

タクシーは何度も止まったり横道に逸れながら国道14号を東に少しずつ進んで、

幕張の看板が見えた時に

あ-これで家に帰れるとほっとしたのでした。

豊洲から実家まで4時間。

あの時止まってくれたタクシーの運転手には本当に感謝しています。

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まるこ

まるこ

2011年~2020年8月まで香港在住。 現在は千葉県在住。 好きなことは散歩とカフェ巡り、そして様々な勉強会に参加すること。 上級心理カウンセラー Read For Action(RFA)のリーディングファシリテーター。 家族・・・夫・長女(中2)・次女(小5)

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